これも何かの縁

お葬式という名の「家族とのお別れの会」…。忙しすぎて、あまり覚えていないなんて、ちょっと哀しいと思いませんか?「準備や雑用がいっぱいで」「決まりごとがうるさくて」「参列者への挨拶に追われて」「本当にお別れしたい故人との時間が持てなかった」

この縁を大切に、お気軽にどうぞ。

今まではそんなに深く考えたことがなかったという方も、ご家族を送るお葬式を体験すると、いろいろ疑問や不満が身近に感じられるようです。実際、「気が付けば葬儀が終わっていた」という、ため息まじりの声もよくお聞きします。

「儀式」「宗教儀礼」は非常に大切だと思います。

「儀式」「宗教儀礼」は非常に大切です。でも近ごろでは、数時間で形式的に終わってしまう儀式ばかりに多額の費用と労力を使ってはいないでしょうか。通夜から葬儀へと静かに連なる限られた2日間が、大切なご家族の「死」を現実として受け止めるために、誰に邪魔されることもなくお過ごし頂ける48時間であってほしいのです。

他の誰でもない、あなた自身と故人とのお別れ。

それを何よりも大切にするために、私たち斎苑では、あなたと一緒になって問題を解決する努力をいたします。「簡略化」ではなく、私たちが代わりに出来ることは私たちにお任せいただくことで、あなたと故人との真のお別れの時間をおつくりしたいのです。

遺族は知っていても、故人のことは知らない…。せっかく参列したのに故人の人柄に触れることなく帰ってくるのは寂しいと思いませんか?「参列者の中で、実際に故人を知っている人は何人いるのかな」「ちょっと寂しいな」「大半は遺族への儀礼として顔を出しているのかな」

参列者の中で、大半の方はそうじゃないでしょうか?

そういった方々は、遺族に対してお悔やみを言いにくるのです。たしかに遺族は、たくさんの方の支えとともに勇気付けられることでしょうし、これからも大切にしたい触れ合いです。
でも、それだけで終わらせることなく、もっともっと故人を知っていただく機会にしてこそ、誰もが納得できる「お別れの会」になるのではないでしょうか。

大切なあの人を知り語りあう「お別れ」を一緒につくりませんか?

遺族はみんなに故人のことを知って欲しいものですし、参列者の方々が口にする故人の思い出話を、もっともっと聞きたいものなのです。
写真パネルの前で足を止め思い出話に花が咲いたり、その人の趣味の品々から思い出のエピソードがよみがえったり、私たち斎苑は、そんなきっかけづくりのお役に立ちたいのです。

敬意を込めて、どこまでも斎苑らしいお別れを。

「あるお年寄りの死」ではなく、「あんな時代背景を生きてこられたんだ」という敬意や想いとともに手を合わせていただける、そんなお別れの会をこそ私たちはお届けしたいのです。

例えば「葬儀のこと」や「死について」など…。遠い人のことは考えても、家族や自分のことは、あえて考えないようにしていませんか?「突然のことで何も満足にできなかった」「なんとなくタブー視されてるような気がする」「自分の後始末は自分でするから関係ない」「互助会に入ってるから何とかなるだろう」

間違いなく訪れる「死」なのに、真剣に考えることって少ないですよね。

「自分の死」や「愛する人の死」を真正面から考えたりしません。自分を遺族の立場に置いて想像することなど、やはり辛過ぎます。でも、死があるからこそ生があることもまた、ぜひ心にとめておきたいものです。

想像したくないことですが、遺族の立場にたって考えてみてください。

そのときになって、突然考え始めていては、やはりお別れする遺族にとってはもちろん、送られる故人にとっても、満足な形での葬儀にはなりません。生きていることへの感謝の気持ちがあれば、残された家族への感謝の気持ちを事前に考えておいてもいいのではないでしょうか。

死を現実として捉えることのできる時間をこそ大切にしたい。

私たち斎苑は、残されたご家族の心の痛みが少しでも和らぐような、そして「死」を現実として静かに受け止めることができるような、そんなお別れの時間をお届けしたいと考えています。

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